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尖閣は雄大だった

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    本日未明に石垣港を出て、約6時間かけて尖閣諸島に到着した。
    比較的安定した海模様だと船長さんは言っていたが、船内でまともに立って歩けない。この地域の自然の厳しさを肌で感じた。
    写真は尖閣最大の島「魚釣島」、かつてここには300人もの日本が住み、カツオ漁が盛んに行われていた。しかも、それは昭和15年までとそんな昔のことではない。少し見にくいが、写真中央付近には民間団体が作り今は国が管理する灯台があり、その左の岸壁には日の丸のペインティングがある。
    次に訪れたのは、北小島・南小島。南小島には、少し砂浜があり、そこには石垣が崩れかけながら残っている。その横には洞窟かあり人々の営みが伝わってくる。
    私たちは、この尖閣にどのような海洋資源があるのかを調査することが主眼だったから、魚釣島沿岸で竿釣りを行った。またたく間にカツオ、赤鯛などの魚が釣れ、まさに入れ食い状態である。この島周辺は豊かな漁場であることも分かった。

    今回の視察調査で分かったことは、\躋媾島には日本人が厳しい自然環境と闘いながら経済活動を行っていた跡が形として多く残っている⊆辺には豊富な漁場が存在し利用価値がある島であるそのためにも尖閣に漁師の安全確保のためにも無線基地や避難所を作るべきである、などである。
    尖閣を離れるとき、この島で生涯を終えた人、先の大戦によって島から離れざるを得なかった人々の「後輩たちよ、この島を守ってくれ」との叫び声が聞こえてきそうだった。
    このように非常に有意義な視察ができた。協力していただいた「チャンネル桜」、「海上保安庁」、「第一桜丸の船長さん」はじめ関係された方々に心から感謝したい。ありがとうございました。

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